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熊本地方裁判所 昭和48年(行ウ)5号 判決

熊本市琴平二丁目五の一九

原告

渡辺美智子

東京都練馬区大泉学園一六三一

原告

渡辺嘉信

熊本市琴平二丁目五の一九

原告

渡辺清美

東京都町田市本町田七二一の七三二号

原告

斉野京子

右原告ら訴訟代理人弁護士

元村和安

熊本市東町三番

被告

熊本東税務署長

尾方清一郎

右指定代理人

武田正彦

中村程寧

大園泰文

永杉真澄

山田和武

緒方茂三

田川修

主文

一  被告が、昭和四七年四月一〇日付でなした原告渡辺嘉信の相続税の更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分(但し、過少申告加算税については国税不服審判所長の裁決により一部取消された後のもの)のうち、同原告につき、別表Ⅰ課税経過等内訳表(原告渡辺嘉信関係)〈ニ〉被告主張額欄記載の金額を超える部分を取消す。

二  原告渡辺嘉信のその余の請求および原告渡辺美智子、同渡辺清美、同斉野京子の請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告渡辺嘉信と被告との間に生じたものの一〇分の九を原告渡辺嘉信の負担としその余を被告の負担とし、原告渡辺美智子、同渡辺清美、同斉野京子と被告との間に生じたものはすべて原告渡辺美智子、同渡辺清美、同斉野京子の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

(一)  被告が、昭和四七年四月一〇日付でなした原告らの相続税の更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分(但し、過少申告加算税については国税不服審判所長の裁決により取消された部分を除く)をいずれも取消す。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告ら主張の請求原因

(一)  被告は昭和四七年四月一〇日付で、原告らに対しそれぞれ別表Ⅰ課税経過等内訳表(以下別表Ⅰという)「〈ハ〉原処分額欄」(1)ないし(7)記載のとおりの更正処分および原告渡辺美智子につき一四九、四〇〇円、 原告渡辺嘉信につき三〇、二〇〇円、原告渡辺清美につき三、六〇〇円の過少申告加算税の賦課決定処分をした。

(二)  原告らは、右処分を不服として、被告に対し昭和四七年六月一〇日付で異議申立をしたが、被告は同年八月一八日付で棄却決定をしたので、原告らはさらに同年九月一八日付で国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、国税不服審判所長は昭和四八年二月二八日付をもって更正処分については棄却する、過少申告加算税賦課決定処分については別表Ⅰ「〈ハ〉原処分額」欄(8)記載のとおり原告渡辺美智子、同渡辺嘉信につきその一部を原告渡辺清美につきその全部を取消す裁決をした。

(三)  しかしながら、原告らの相続税等は、それぞれ別表Ⅰ「〈ロ〉原告主張額」欄記載のとおりであるから、被告の請求の趣旨記載の各処分のうち、これを超える部分は違法であり、これが取消を求めるため本訴に及ぶ。

二  被告の主張

(一)  請求原因(一)、(二)項記載事実は認める。

(二)  課税の経緯について

1. 原告らおよび訴外渡辺嘉明は訴外被相続人渡辺嘉一郎(以下被相続人という)の昭和四五年五月一〇日死亡を原因とする相続開始によりその財産を取得したため、昭和四五年一一月一〇日、それぞれ別表Ⅰ「〈イ〉申告額」欄記載のとおりの相続税の申告をした。

2. しかし、原告らの相続税の課税価格は別表Ⅱ課税価格計算表(以下別表Ⅱという)のとおりである。すなわち、原告らはそれぞれの課税財産および債務等を別表Ⅱの〈ト〉〈リ〉〈ル〉〈ヨ〉欄に記載した金額に基づいて相続税の申告をしたのであるが、その申告額を相続税法二二条によって算定すれば、それぞれ別表Ⅱの〈チ〉〈ヌ〉〈オ〉〈タ〉欄記載の金額が正当である。

3. 別表Ⅱから原告らおよび被告の主張の相違点を抽出すれば別表Ⅲ争点整理の表(以下別表Ⅲという)記載のとおりである。

4. 原告らは、本訴において、別表Ⅲのうち、原告渡辺美智子関係の1課税価格(1)取得財産価格ロ土地(畑)熊本市新南部町東原一〇九、一、四七二、七〇六円と、同原告関係の2債務控除額ロ仮受金(申告は補償金)一〇、八三九、四八六円と、同ハ仮受金(申告は補償金)一、三七九、〇八〇円を争い、その余の同表記載の被告の主張をすべて認めると主張を変更した。

5. そこで、被告は、右争点として残った土地および仮受金につき、さらに被告の主張を詳述する。

(三)  土地(畑)熊本市新南部町東原一〇九および仮受金一〇、八三九、四八六円について

1. 原告らの主張は次のとおりである。すなわち、被相続人はその所有にかかる熊本市琴平二丁目四二九番の二および同四二九番三各宅地(以下琴平の土地という)を、昭和四四年一二月二四日熊本市に収用されたが、その代金相当額一〇、八三九、四八六円は、右契約に先立って熊本市都市計画部長と被相続人が同月一一日付で取交わした覚書に基づき、熊本市が熊本市新南部町東原一〇九番の畑の一部(現在地番は分筆等のため八二番二三、以下新南部の土地という)を代替地として被相続人に取得させ、被相続人は右土地が名義変更された後前記代金相当額一〇、八三九、四八六円を熊本市に返還することになっているもので、これを要するに、被相続人と熊本市との間に昭和四四年一二月二四日琴平の土地と新南部の土地の交換契約が成立したというべきである。したがって、昭和四五年五月一〇日相続開始の時点では、新南部の土地(評価額二、九四五、四一二円)は原告渡辺美智子と共同相続人訴外渡辺嘉明が二分の一宛相続により取得したもので相続税法二条一項の相続により取得した財産に該当し、前記代金相当額一〇、八三九、四八六円は将来熊本市に返還すべき性質の仮受金で原告渡辺美智子が相続により取得した債務であり、同法一三条により控除さるべき債務に該当する、というのである。

2. しかしながら、右新南部の土地は原告渡辺美智子が相続により取得した財産ということはできないし、右仮受金も相続開始の際現に存する債務に該当しないのであって、その理由は以下に述べるとおりである。

(1) 前記昭和四四年一二月一一日付覚書の趣旨は、被相続人が熊本市との間に琴平の土地の売買契約および同地上に存する物件の移転契約を締結したときは、熊本市は新南部の土地を所要の手続を経て買収したうえ被相続人に売渡す旨約したものにすぎず、新南部の土地は当時財団法人熊本市住宅協会(以下熊本市住宅協会という)の所有に属し、かつ農地であったから熊本市がこれを買受けるについても農地法上の許可が必要であった。

そして、被相続人が昭和四五年四月一〇日付で新南部の土地を熊本市住宅協会から譲受けるべく農地法五条の許可申請をしたところ、資格が欠如しているということで右申請は受付けられなかった事情があり、昭和四六年六月二一日に至って右土地につき熊本県知事により農地法五条一項三号の農地転用の届出が受理され、同月二三日ようやく熊本市住宅協会から熊本市が新南部の土地を買受けてその所有権を取得した。

次いで、昭和四七年一一月一五日に熊本市と相続人の一人前記渡辺嘉明の間に新南部の土地の売買契約が締結され、右土地は渡辺嘉明の所有となった。

以上の経緯からみると、前記覚書によっては、熊本市と被相続人間にせいぜい他人所有にかかる新南部の土地の売買予約の成立したことが窺われるにとどまり、被相続人が生前に新南部の土地を取得した事実はなく、また同人が生前に新南部の土地の取得の代償として一〇、八三九、四八六円の債務を負ったということもない。したがって、原告渡辺美智子がこれらを相続することもあり得ないのである。

(2) 原告らは、被相続人と熊本市との間に琴平の土地と新南部の土地の交換契約がなされたもので、二個の売買契約の形式をとったのは名目にすぎない旨主張するが、交換契約であるなら、新南部の土地の具体的な特定、熊本市が熊本市住宅協会から右土地を取得する時期、被相続人に所有権移転登記をなす時期等が明確にされるはずであるがこれらの点は明らかになっていないし、もし交換契約であるなら、被相続人が新南部の土地を取得できない場合、右契約を解除し琴平の土地を取戻せるはずである(民法五六一条)が、琴平の土地は道路敷地となるもので原状復帰は明らかに不可能である。

(3) 仮に熊本市と被相続人間の契約の実質が交換であったとしても、被相続人が熊本市から受領した一〇、八三九、四八六円の返還債務が相続開始の時点で確実に認められたとは到底いえないものである(相続税法一四条)。

実質的担税力の把握が課税負担の公平に合致することはいうまでもないから、形式と実質が一致していない場合に、実質を追究することが望ましいわけであるが、しかしながら、実質を把握することは税務官庁として必らずしも容易なことではなく、場合によっては正常な税務行政が阻害されるおそれがある。そこで、租税原則としての明確性の原則等に則って、実質主義との調和を図りながら、課税要件を画一的に明確にするよう努力すべきで、この理は税法自体に推定規定やみなし規定等としてみいだすことができる(所得税法一五八条、相続税法三~九条、法人税法二四条参照)。

ところで、相続税法一三条、一四条、二二条の規定を要約すると、相続開始があった場合においては、その時点において相続人が相続した相続財産(現存し確実と認められる債務があればこれを控除した金額)に相続税が課せられるという趣旨であって、相続開始時に特定あるいは認識、測定のできない財産(債務も含む)は相続財産にはなり得ないのである。このことは、相続税法においては実質主義が明確性の原則により制約を受けたものということができ、相続税法の解釈適用にあたっては、右の点が留意されねばならない。

本件において、前記返還債務が相続開始時点において「現存し確実と認められる債務」であったとは到底いうことができない。右返還債務が確実に認められるということは、交換契約そのものが相続開始の時点で客観的に確実なものと認識できる必要があるが、本件においては事実関係を検討するもこれを認めることができないのである。

もし、本件処分を違法とし、これを取消すということになれば相続税の課税体系を根本から崩すことになり、今後の税務行政に影響するところ大であり、被告の到底容認できるところではない。

(4) なお、原告らは、交換契約を認めないと租税負担の公平を欠く旨主張するが、相続人の一人渡辺嘉明は前記のとおり昭和四七年一一月一五日に新南部の土地を琴平の土地売買のなされた当時の低い価格で取得し、さらに昭和五〇年にこれを約五〇、〇〇〇、〇〇〇円で売却して多額の利益を得ているから、原告らの主張は筋違いである。

3. 以上のとおりであるから、新南部の土地および一〇、八三九、四八六円の仮受金についてした本件処分は正当である。

(四)  仮受金一、三七九、〇八〇円について

1. 原告らは、被相続人が熊本市との間に昭和四四年一二月二四日琴平の土地上に存する住宅、土蔵および付属家屋(以下住宅等という)の移転契約(以下物件移転契約という)を締結したが、右住宅の一部を解体したので、その解体部分の復元費用の見積額の債務が生じ、これを原告渡辺美智子が相続により承継したものであると主張する。

2. しかし、相続開始時において未着工であることの明らかな復元工事の費用の見積額などというものは、相続開始後に発生する相続人の債務となることはあっても、相続税法一三条一項に規定する「被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの」に該当しないことは明らかである。

3. なお、被控訴人と熊本市との間の前記物件移転契約について、右住宅等の移転は被相続人の生存中である昭和四五年三月三一日完了し、右物件移転にかかる被控訴人の熊本市に対する債務は同日をもって履行を終り消減した。熊本市は右物件移転契約に基づく移転料として被相続人に対し昭和四四年一二月二五日と昭和四五年四月三〇日に合計一五、六八九、〇八〇円を支払ったが、その一部といえども熊本市が被控訴人から返還を受けるべき性質のものはない。

(五)  過少申告加算税の賦課決定については、国税通則法六五条一項および二項の規定により、次のとおり適法に賦課決定したものである。

1. 原告渡辺美智子分一七、二〇〇円について

原処分による原告渡辺美智子分税額五、七三五、七〇〇円と、同人申告税額二、七四六、六〇〇円の差額二、九八九、一一〇〇円に対しては、国税通則法六五条一項の規定に基づき過少申告加算税が賦課されるべきところ、原告らがあやまって申告書に資産として計上した新南部町の土地二、九四五、四一二円および債務として計上した熊本市よりの仮受金一〇、八三九、四八六円については、そのあやまって計算の基礎に入れたことが国税通則法六五条二項にいう「正当な理由」に該当するものと認め、右資産、債務の金額を相続財産の額より減算および加算することにより、正当に算出した原告渡辺美智子の相続税額五、三九〇、四〇〇円と申告税額二、七四六、六〇〇円との差額二、六四三、八〇〇円については過少申告加算税を賦課せず、前記原処分額と申告税額間の増差税額二、九八九、一〇〇円より、過少申告加算税を賦課しない分の増差税額二、六四三、八〇〇円を控除し、その残額三四五、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満切捨)について、一〇〇分の五の率を乗じ過少申告加算税を算定(一〇〇円未満切捨)したものである。

2. 原告渡辺嘉信分八、〇〇〇円について

原処分に基づく増差税額六〇四、八〇〇円から原告渡辺美智子と同じ理由により「正当な理由」に該当するものと認めた場合の増差税額三五六、六〇〇円を控除しその残額である二四八、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満切捨)に対し一〇〇分の五の率を乗じて過少申告加算税を算出すれば一二、四〇〇円となるが、本訴において被告の主張する相続税額は五、八五三、二〇〇円で原処分額五、九四一、二〇〇円を八八、〇〇〇円下まわるので、右八八、〇〇〇円にかかる過少申告加算税額四、四〇〇円を減額して算定したものである。

(六)  以上の理由により、原告らの相続税額、過少申告加算税額はそれぞれ別表Ⅰ「〈ニ〉被告主張額」欄記載のとおりであり、原告ら主張の更正処分、過少申告加算税の賦課決定処分(裁決により一部取消された部分を除く)に違法の点はないというべきである。

三  被告の主張に対する原告らの反論

(一)  新南部の土地および仮受金一〇、八三九、四八六円について原告らの主張は以下のとおりである。

1. 被相続人は熊本市との間に昭和四四年一二月四日琴平の土地と新南部の土地を交換する契約を締結した。被告は右交換契約を否認し、その形式に着目し、本件においては被相続人と熊本市との間に琴平の土地の売買と、新南部の土地の売買と二回にわたる土地の売買契約が時を異にしてなされた旨主張するが、これは熊本市が予算執行の都合上、事務処理としてそのような形式をとったことに着目するからそうみえるのであって、実質に着目すれば明らかに一回の交換契約である。契約の当事者の意思も交換契約をなす意思であったが、熊本市の予算執行の都合で、被相続人不知の間に熊本市の方から原告渡辺美智子の銀行口座に一〇、八三九、四八六円が振込送金されたもので、右金員は代替地(新南部の土地)の所有権移転と同時に熊本市に返還すべき預り金であった。

2. およそ、租税法の解釈適用にあたっては、租税負担の公平を図るため、所得や財産が法律形式上帰属するものと、その経済的実質を享受する者とが異なっている場合に、経済的実質的に実現されたところを捉えようという、いわゆる実質課税の原則を認める考えが有力である。

本件についてこれをみれば、相続開始当時新南部の土地の所有権移転登記手続が未了であり、農地法所定の許可申請手続が未了であったとしても、右土地は確定しており、公共用であるため農地法所定の許可がなされることは確実であり、熊本市が右土地を取得する見とおしがあり、譲渡につき熊本市住宅協会の理事会の形式的な議決が残されているのみで、熊本市の担当者としても琴平の土地と新南部の土地との交換契約の履行が不能となることは全く考えていなかったこと等を考慮すれば、新南部の土地が相続税法の解釈上相続財産と認定され、右新南部の土地の所有権移転登記手続と同時に返還を予定されている代金名下の金員が預り金と認定さるべきことは明白である。

祖税負担の公平に関連して一言すれば、新南部の土地を相続財産として(したがって代金名下の金員を預り金として)相続税額を計算した場合と、新南部の土地を相続財産でないとして相続税額を計算した場合は相当額の差が生じ、前者が納税者に有利であるが、これは税務官庁の不動産の評価方法が、国税庁長官の「相続財産評価に関する基本通達」によってなされ、実際取引額の二分の一から四分の一となる実情に起因する。このような実情により相続税法が運用されている

以上、特定の場合に限ってこれと異る運用をすることは租税負担の公平に反するというべきである。

(二)  過少申告加算税についての被告の主張も争う。別表Ⅰ「〈ロ〉原告主張額」欄記載のとおり右税金は賦課されるべきではない。

第三証拠

一  原告ら

(一)  証人大群憲道、同渡辺嘉明の各証言を援用。

(二)  乙第二二号証、第二六号証の一、二、第二七号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立を認める(乙第四号証、第七号号証、第九号証の一ないし三、第一〇号証の一、二、第一三ないし第二一号証、第二四号証については原本の存在も認める)。

二  被告

(一)  乙第一号証の一ないし七、第二号証の一、二、乙第三号証の一、二、乙第四ないし第八号証、第九号証の一ないし三、第一〇号証の一、二、第一一ないし第二五号証、第二六号証の一、二、第二七号証を提出。

(二)  証人竹田薫、同東満雄の各証言を援用。

理由

一  請求原因(一)(二)項は当事者間に争いがない。

二  まず、被告主張事実のうち、原告らの争う新南部の土地および仮受金一〇、八三九、四八六円の性質について判断する。

(一)  原本の存在とその成立につき争いない乙第四号証、同第七号証、同第九号証の一ないし三、同第一六ないし第一九号証、成立に争いのない乙第五、六号証、証人東満雄、同竹田薫、同大群憲道の各証言によれば、熊本市は道路二本木、小蹟線築造の用地として、昭和四二年一一月頃から被相続人所有にかかる琴平の土地の買収の交渉をしていたところ、昭和四四年一二月二四日被相続人と熊本市との間に前者を売主、後者を買主とし、代金一〇、八三九、四八六円で琴平の土地の売買契約が締結されたこと、右契約に先立ち、同月一一日熊本市都市計画部長中田茂夫と被相続人との間に「熊本市と被相続人間に琴平の土地の売買契約および同土地上の物件移転契約が締結されたときは、熊本市は熊本市新南部町字東原一〇九番地畑二八八五平方メートルの一部を所要の手続を完了したのち買収し、被相続人が買収される土地(琴平の土地)の代替地として、正常な取引価格により、琴平の土地の売買代金(一〇、八三九、四八六円)相当分を被相続人に売渡すものとする。右熊本市が譲渡する予定の土地の平方メートルあたり予定単価は七、五七〇円である。」旨の覚書を取交わしていたこと、右琴平の土地の売買契約の履行については、契約の成立日の翌日である同月二五日に代金の半額が、昭和四五年四月一七日その残額が熊本市より被相続人に支払われ、右売買契約を原因とする所有権移転登記は同年三月二七日経由され、被相続人は同月三一日までに琴平の土地上の住宅等の移転を終了し同日右土地を熊本市に引渡し、すべて右契約に基づく債務は終了していたこと、これに対し覚書により熊本市が被相続人に譲渡することになっていた新南部の土地については当時熊本市住宅協会の所有であり、かつ地目が畑であったため所有権の移転につき農地法所定の許可が必要であり、同年四月一〇日農業委員会に対し譲渡人を熊本市住宅協会、譲受人を直接被相続人として農地法五条の規定による許可申請がなされたが被相続人がその資格を欠くということで拒否されたこと、また熊本市住宅協会が所有土地を他に譲渡するには理事会の議決が必要であるが右議決は未だなされていなかったこと、そして同年五月一〇日被相続人が死亡したこと、前記覚書によれば被相続人が将来熊本市より譲渡を受けるのは熊本市新南部町字東原一〇九番地畑二八八五平方メートルのうち一平方メートルあたりの単価を七、五七〇円とし一〇、八三九、四八六円(琴平の土地代金相当額)に満つるまでの広さであることは定められているが、右被相続人死亡の時点において未だ具体的な範囲の特定はなされていなかったこと(証人大群憲道の証言中には熊本市が被相続人に譲渡するのは熊本市新南部町字東原一〇九番地の土地の道路に面した南東側半分程度であった旨の証言があるが、前記乙第九号証の三により認められる土地の形状からして右証言のみでは未だ具体的な範囲の特定があったとみることはできない)、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

さらに、原本の存在およびその成立につき争いのない乙第二四号証、成立に争いのない乙第八号証、同第二五号証によれば、被相続人が昭和四五年三月一〇日なした昭和四四年度分の所得税の確定申告において、買収された琴平の土地の代金一〇、八三九、四八六円は譲渡所得として算入しているが、新南部の土地の取得については何ら触れていないこと、同年四月二二日作成された遺言公正証書にも同人の財産として新南部の土地についての記載は存しないことが認められ、当事者たる被相続人においても新南部の土地につき確定的に権利を取得したとの認識はなかったものと推認することができる。右認定の事実からすれば、契約当事者たる熊本市と被相続人間において、事務処理として琴平の土地の売買、新南部の土地の売買という二個の売買の形式をとったものの、その実質をみれば、当事者双方とも琴平の土地と新南部の土地の交換を意図して右二個の契約を締結した事実を是認できないではない。しかしながらおよそ相続税法上の相続財産に該当するというためには、相続開始時において明確かつ確実に債権(債務も同様)が発生していることを必要と解すべきところ、前認定のとおり、新南部の土地については相続開始当時熊本市住宅協会から直接被相続人に所有権移転するための農地法上の許可申請は農業委員会に拒否されていた段階であり、右契約の履行は完全になされるのか、その時期は何時か等の見通しも判然とせず、かつその範囲も具体的に特定していなかった状態であるから、以上の諸点よりすれば、新南部の土地の所有権が明確かつ確実に被相続人に帰属していたと解するのは相当でない。

事実、その後の経過をみるに、原本の存在とその成立につき争いのない乙第一〇号証の一、成立に争いのない乙第一一、第一二号証、証人東満雄、同竹田薫、同大群憲道の各証言によれば、被相続人死亡後約一年を経た昭和四六年五月一八日になって熊本市新南部町字東原一〇九番の土地が市街化区域に入ることが決定され、さらに約一年を経た昭和四七年六月二三日熊本市住宅協会と熊本市との間で前者を売主、後者を買主として右土地の売買契約が締結され、同月二四日右土地の地目が宅地に変更され、同月二六日右所有権移転登記が経由されたこと、同年一一月一五日右土地の一部が合筆、分筆手続を経たうえ同所八二番二三宅地一四三二・九四平方メートルとして熊本市から相続人らの一人訴外渡辺嘉明に代金一〇、八四七、三五六円で売渡され、昭和四八年五月二日その旨の登記が経由されたことが認められ、右認定に反する証拠はなく、新南部の土地が相続人の一人の所有に帰したのは相続開始後かなりの期間を経過した後であることが認められる。

そうすると、被告が新南部の土地を被相続人の取得した財産に該当しないと判断したことは相当というべきである。

(二)  仮受金一〇、八三九、四八六円については、原告らはこれは被相続人が将来新南部の土地を取得する際熊本市に返還すべき預り金である旨主張する。

しかし、相続税法一四条一項によれば、相続税の課税価格を算出するにあたり控除すべき被相続人の債務は相続開始時において明確かつ確実と認められるものに限るとされているのであって、前判示のとおり、相続開始当時新南部の土地の所有権移転について農地法上の許可申請手続は拒否されていた段階で、何時新南部の土地を被相続人が取得するのか、したがって右一〇、八三九、四八六円の支払時期は何時かということも判然とせず、新南部の土地を熊本市が取得して被控訴人に譲渡することが不可能となる可能性が皆無であったわけではなかったことが認められるので、これをもって右相続税法の規定する確実な債務ということはできない。

したがって、仮受金一〇、八三九、四八六円は被相続人の債務で相続開始の際現に存するものに該当しないとした被告の判断もまた相当であると認めることができる。

三  最後に仮受金一、三七九、〇八〇円について判断する。

証人竹田薫の証言によれば、被相続人の財産から控除すべき債務として、琴平の土地上の住宅等の物件移転費のうち四、五八二、三〇〇円は既に支払義務の確定した債務と認められたが、一、三七九、〇八〇円については、原告らは税務署員の調査の際住宅等を一部解体した部分の復元費用であると述べたが、相続開始の時点において未だ復元の計画は何ら具体化しておらず、したがって支払先、支払金額も全く不明であったことが認められ、右認定に反する証拠はなく、故に右一、三七九、〇八〇円についても相続開始の際現に存する債務ということができず、これを債務から除外する被告の判断は正当であるというべきである。

四  そこで、原告らの相続税額を算定すれば、それぞれ別表Ⅰ「〈ハ〉被告主張額」欄(1)ないし(7)記載のとおりの額であることが認められ、被告のなした相続税更正処分のうち原告渡辺美智子、同渡辺清美、同斉野京子については何ら瑕疵がなく、原告渡辺嘉信については右額を超える部分に限り違法というべきことになる。

五  過少申告加算税の賦課決定処分については、成立に争いない乙第二三号証によれば、国税不服審判所長は裁決において、新南部の土地および仮受金一〇、八三九、四八六円について原告らが被告と異なる解釈をしたことについて国税通則法六五条二項の正当な理由があるものと認め、右正当な理由があると認められる事実に基づく税額として計算した金額を控除し、原告渡辺美智子につき一七、二〇〇円、同渡辺嘉信につき一二、四〇〇円として被告のなした賦課決定処分を一部取消し、原告渡辺清美につき過少申告加算税を賦課しないこととして被告のなした右処分を全部取消したことが認められるが、当裁判所も国税不服審判所の右判断を相当と認め、但し、本訴において原告渡辺嘉信についての被告主張額がその相続税額において原処分額より八八、〇〇〇円減少したことにより、右八八、〇〇〇円にかかる過少申告加算税額四、四〇〇円を裁決による過少申告加算税額より減額するのを相当とし、結局原告らに対する過少申告加算税額はそれぞれ別表Ⅰ「〈ハ〉被告主張額」欄(8)記載のとおりの額であることになり、裁決により維持された被告の過少申告加算税の賦課決定処分のうち原告渡辺美智子については何ら瑕疵がなく、原告渡辺嘉信については右額を超える部分に限り違法であるというべきである。

六  よって、被告が昭和四七年四月一〇日付でなした原告らの相続税の更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分(但し、過少申告加算税については国税不服審判所長の裁決により取消された部分を除く)の取消を求める原告らの本訴請求のうち、原告渡辺嘉信につき別表Ⅰ(原告渡辺嘉信関係)「〈ニ〉被告主張額」欄記載の金額を超える部分は理由があるのでこれを取消すべきものとし、原告渡辺嘉信のその余の請求および原告渡辺美智子、同渡辺清美、同斉野京子の請求はいずれも理由がないので棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松田富士也 裁判官 関野杜滋子 裁判官 西島幸夫)

別表Ⅰ 課税経過等内訳表

(原告 渡辺美智子関係)

〈省略〉

(原告 渡辺嘉信関係)

〈省略〉

(原告 渡辺清美関係)

〈省略〉

(原告 斉野京子関係)

〈省略〉

別表Ⅲ 争点整理の表

(原告 渡辺美智子関係)

〈省略〉

(原告 渡辺嘉信関係)

〈省略〉

(原告 渡辺清美関係)

〈省略〉

(原告 斉野京子関係)

〈省略〉

別表Ⅱ 課税価格計算表

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(注)「申告額」「被告の主張額」の各欄内の分数は、相続分を示す。

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